Home  What's new  Profile  Lecture  Publication   Research   Members   Links  Guest book  Diary  Other  Questionnaire 

歩行分析の基礎

T. 緒 言

 理学療法では,変形性股関節症(以下,股関節症)患者の跛行を問題視することが多い.また,跛行の評価として歩行分析を行うことは日常的である.歩行分析は,基礎的な知識,異常を検出する観察力,医学的根拠に基づいた仮説の枚挙と推論,それに続く検証といった手順によって成立する.このような基礎概念は理解しやすいのだが,現実の臨床では難しい部分である.

 本稿では股関節症患者に対する歩行分析が,より客観的に行われるためのヒントを提供する.まず,文献レビューによって股関節症に観察される跛行(異常歩行)の特徴をまとめる.これを知識として備えておくことは,仮説を立てる際の補助となる.次に,歩行分析の要点と推論の手順を述べる.一般化された知識は,共通した因果関係をもつ法則として捉えられがちである.しかし,患者個人によって複数の原因が混在した異常であると理解すれば,単純に解決できるものではない.こうした観点から,歩行分析における推論過程は重要である.本稿では,具体的な症例を挙げて解説せずに,その考え方や手順を提供する.

 なお本稿は,股関節症患者に対する歩行分析の考え方について一案を述べるものであり,絶対的な基準を言及するものではない.歩行分析の体系化,根拠に基づく歩行分析の考え方を確立すべく,その過程を重視していることに注意いただきたい.

U.股関節症患者における歩行の特徴

 多くの報告により,股関節症患者の歩行分析に関する客観的データを得ることが出来る.これらのレビューによって,異常動作に関する基本事項を周知しておくと歩行分析を進めやすくなる.機器を用いた歩行分析では,空間時間的パラメータ,運動学的データ,運動力学的データ,筋電図ポリグラフによるデータ,運動生理学的データを利用する1)のが主流である.

1)跛行の定義について

 以降では股関節症患者に見られる跛行について述べるが,ここで用語の定義を明確にしておきたい.トレンデレンブルク徴候2)とは,股関節外転筋(以下,外転筋)の機能不全が存在する下肢(患側下肢)で片脚立位となったときに,遊脚側下肢の骨盤が墜下する現象である.デュシェンヌ現象3)とは,片脚立位時に患側側へ体幹が側屈し,かつ骨盤傾斜も起こる現象をいう.歩行時立脚期にトレンデレンブルク徴候を来す歩行をトレンデレンブルク歩行と呼び,荷重肢に重心をかけるために立脚時に外転筋(中殿筋)の弱い側へ身体を代償的に傾ける歩行を中殿筋歩行という.トレンデレンブルク跛行や,デュシェンヌ歩行・跛行といった用語は散見されるが,正しくは定義されていない4).現象によっては,軟性・硬性墜下性跛行,疼痛性歩行といった用語が適切となる.

2)時間的空間的データ

 股関節症の病期が進展するにつれて,歩行速度は低下し5),歩幅,歩行率も減少する6).遠藤ら7)は寛骨臼回転骨切り術(以下,RAO)の股関節症患者11例を対象に,健常人よりも歩行速度,歩幅,歩行率は有意に減少したとの結果を得ている.他の報告者に関しても,これらについては一致しているようである.以上の原因として,主に大殿筋力の低下や股関節伸展・回旋可動域(以下,ROM)の制限などが挙げられる.

3)運動学的データ

 股関節は踵接地時に最大25〜40度の屈曲を行い,つま先離れのとき最大の伸展10度となる1).歩行中の骨盤運動について,前額面における骨盤傾斜は,片側が5度を超えない範囲で立脚中期にピークを迎え,立脚側は内転,遊脚側は外転位となる.骨盤の回旋は,踵接地時に内旋4度で最大となり,遊脚初期に急激に外旋4度で最大となる.こうした運動は,観察上は大きく見えないので見逃されやすいが,推進力を効率的にし,重心の垂直運動を小さくしているという重要な意味を持つ.なお,これらの値は報告者によって変動があり,歩行速度や性別,体格の違いによって個人差が出る.

 股関節症患者の歩行では,股関節の伸展,足関節の底屈,膝関節屈曲,肩関節屈曲,肘関節伸展ROMが減少し,頭部の回旋,前方への骨盤傾斜が増大する6).これは股関節ROM制限の特徴8)と,その代償運動として現れている.

 田中ら9)はジャイロセンサー式回転角度計を用いて,健常群30例と片側股関節症患者群50例の歩行における骨盤,股関節の角度を分析している.その結果,以下のような点を述べている.@矢状面において,健常群は遊脚後期に骨盤前傾,つま先離れ時に骨盤後傾していくが,患者群は疾患の重症度に比例して患側遊脚後期の骨盤前傾が減少かもしくは後傾し,左右非対称となる,A前額面では健常群が立脚期に股関節がやや内転するのに比べて,患者群は内転の大きい(トレンデレンブルク徴候が見られる)者と外転位となる(デュシェンヌ現象が見られる)者が存在する,B水平面では健常群は骨盤大腿共に遊脚前期に最大外旋し,単脚支持期にかけて内旋していく.しかし,患者群では遊脚期の外旋の減少,立脚期に内旋の増加が見られ,大腿の外旋から内旋への切り替えが急激となる.Aについては周知されている現象であるが,@とBについては見逃せない変化である.

 脚長差も跛行の原因となるが,一般的には脚長差が3p以下,Calve10)は4p以下,吉良11)は5p以下であれば観察上,正常とほとんど変わりないことを述べている.何れにしても補高前後によって動作を比較するとわかりやすい.

4)運動力学的データ

 健常人の床反力パターンは,垂直分力で踵接地とつま先離れ時にピークを呈する二峰性の形状を示し,前後成分では,踵接地時に前方成分と,つま先離れに後方成分が最大となるような形状を示す.側方分力は踵接地時に内向き力が生じ,急激に反転して外向きに変化する1)

 股関節症の歩行を床反力計による力線パターンで分析すると,健常人とほぼ変わらないという報告12)13)がある.この理由として,片側罹患例では,健側下肢の垂直分力,前後分力の増加が見られたことより,健側下肢または体幹の代償によるところが大きいと考えられている.特に,疼痛の強い症例は全体的な床反力の減少,二峰性の減少(平坦化)が観察され,杖を持たせると更に床反力全体が減少する11)

5)筋電図ポリグラフを用いた分析

 筋電図ポリグラフによって,動作中の筋活動を計測するには,表面筋電図(以下,EMG)の利用が最も適している.筋活動と等尺性・等張性筋力がほぼ相関する1)という特性を利用して,歩行中に発揮している筋力の目安を推測できる.EMGと筋張力の関係は定説となっていないが,ほとんどの股関節周囲筋は大腿四頭筋などに比べて筋の移動量も少ないので,筋活動の性質を問うのであれば,さほど問題ないと考える.

 健常者における歩行時の外転筋EMGは図1の通りである14).活動様式は,立脚中期にピークを呈する緩やかな山型を示すタイプもあるが,どちらかといえば踵接地時にピークのある三角形状を呈する.これは歩行速度の上昇で明確になる.ところが,股関節症患者では緩やかな単峰型,いびつな多峰型,平坦な台形状のような活動を呈するケースが多い15).これは立脚期の運動異常が筋活動にも現れていると推測する.

 

 健常者,RAO術後症例と人工股関節全置換術(以下,THA)後症例の股関節症患者を対象として,EMGによる歩行中の外転筋活動量を計測した16)図2).3群のうちで健常者の最大外転筋力値(MAF)は確かに大きいが,RAO群には健常者よりも筋力の大きい者がいる.しかし,外転筋力が大きくてもトレンデレンブルク歩行が出現する症例,更には外転筋力が小さくてもトレンデレンブルク歩行が出現しない症例が存在する.トレンデレンブルク徴候・歩行と外転筋力の関係は単純ではなく,ここに他の原因を追究する剰余的思考が必要になる.図2をみると,片脚立位時よりも歩行時IEMGの小さい方が跛行を呈する傾向にあり,筋活動の異変の関与を疑う.追試として,股関節症患者は歩行時の外転筋力活動のタイミングが遅れること17)も確認している.また,股関節症患者の歩行時外転筋活動は周波数特性に異変を来し18),特に踵接地のパワースペクトルの相違が問題視されている報告19)からも類推できる.このように,跛行の原因を単に筋力低下といった量的な変化だけに求められないことも定説化しつつある.

 

V.歩行分析の基本的考え方

 臨床的に歩行分析を行うときは,大がかりな機器を用いることは少なく,専ら観察による主観的評価で行うことが多い.それだけに手順は多様化され,観察の信頼性には限界がある.しかし,いかに優れた機器による分析が望ましいといえども,観察による分析にとって変わるとは考えられない.高い精度で異常動作を測定するよりも,ある程度の水準で異常を検出し,総合して特殊化した現象に対して,原因を推理することが要されているからである.身体機能の異常を探索して,現象に還元していく推論作業においても理学療法士の専門的考え方が必要となる.

 推論にはのような分類法がある.帰納的推論は確実性に乏しい.他方,演繹的推論は確実な推論である.例えば,股関節症患者でトレンデレンブルク徴候が陽性である場合は,恐らく外転筋力が低下しているであろうと推論するのは帰納的推論である.トレンデレンブルク徴候は,外転筋力以外の筋力低下,疼痛によっても起こる可能性を有する.逆に外転筋力の低下している症例が,トレンデレンブルク徴候を来す場合は演繹的推論である.

 臨床においては単純ではなく,理論通りに推論を行えることは不可能に近い.そこで,帰納(分析),演繹(総合),検証といった3つの段階で構成される演繹的方法に従って推論を進めていくことになる.まず,複数の仮説を枚挙する帰納推論を行う.この段階は比較的簡単に思えるが,最も重要な部分である.次に,演繹的推論(前向きの推理)によって複数の仮説を理論や法則で絞り込み,刺繍的に現象の再現性を確認するなどの検証を行って結論を下す.

 確かに医学の分野では,絶対的な原因を追究することは不可能である.さきの例を再び挙げれば,トレンデレンブルク徴候を呈していた者の原因が確実かつ唯一的に外転筋力の低下であるとはいい切れないこともある.このような限界を押さえつつ,論理立てた思考過程としての推論を意識することが重要なのである.

表 推論(推理)の分類


1.帰納的推論                           
 個々の特殊な事柄から,一般的法則を導き出すこと.
2.演繹的推論                           
 1つ以上の前提から,論理的規則に従って結論を導き出すこと.
 1)直接推論                       
  1つの前提命題から1つの結論を導く.
 2)間接推論                       
  複数の前提命題から1つの結論を導く.


 

 

W.観察による歩行分析の要点

 股関節症患者における跛行が,どのような特徴を持つかは,前述の事項はもとより,経験的にも予想できるだろう.限局された事項に限って観察する傾向にあろうが,このような知識によって生じる先入観は,しばしば推論の障壁となることもある.まずは,大局的観察によって,異常なところを純粋に捉え,局在的な観察に進めていき,再び大局的に観察するという繰り返しが必要となる.

1)大局的観察

 観察の基本として,まずは大局的な運動を捉えて,異常との見分けをつけることから始めてみる.股関節に注目して分析するというよりは,全体的観察から問題はどこかという観点で分析する.経験に任せた即断はできる限り避けなければならない.

 正常な関節機能の基本は十分な支持性と可動性,そして,無痛性を備えていることである.これらの関節機能を考慮して,分析を進める.支持性として,歩行の「力強さ」の評価がある.床をリズミカルに踏み込みながら歩行しているか,大まかに観察してみる.そのためには,歩行時の床反力の特性が知識として備わっていなければならない.可動性は歩行動作の「円滑さ」として観察していく.連続的で滑らかな歩行となっているかを観察する.引っかかるような動作や,ぎこちない動作が存在しないかを観察する.疼痛の影響は上記2点と関連させる.既に医療面接で情報を得ている場合もあろうが,表情の観察や,訴えがあれば詳細に伺っておく.

 動作には,モビリティの要素だけでなくスタビリティの要素がある.歩行時に股関節が決まったパターンで動くためには,体幹の安定が必要といった具合である.大局的な観察では,重視される部分である.また,左右対称性が保持されているかを重点に評価すると良い.

2)局在的な観察

 局在的に股関節の運動に着目して観察する.股関節の運動は三次元的に分析しなければならない.最もわかりやすい前額面の異常に執着する傾向があるが,水平面での動作異常の混在することも多いので,惑わされないように観察する.

 運動連鎖の観点から,隣接関節,特に骨盤と体幹の動き,膝関節の動きにも注目する.また,反対側の関節にも異常が現れることも多い.

 ここでは特異性を見出す観察力と,十分な知識が活用される.前述の一般的な運動学的・運動力学的特徴を考慮して,予想される機能障害を枚挙していく(帰納的推論).仮説は多くても良いが,できる限りの単純化を試みる.この時点で仮説の正誤については問わなくても良い.

3)仮説の総合

 機能評価の結果と照合させて,蓋然性を考慮した仮説の順位付けを行い,可能性の低いものは消去していく(消去による帰納法).機能評価の一般的な手順については,対馬8)などを参照されたい.仮説を総合的に構築して,実際の現象へ還元させていく(演繹的推論).

4)検証作業

 原因を推定できたら,検証作業に進む.多くのケースで原因は複数存在するはずである.検証作業は1つ1つの原因と異常現象の結びつきを確認していく.

 検証として,帰納の統合が図られる.帰納の統合では,仮説によって@実際に観察された現象,A類似した別の現象,B理論的根本は同一で全く異なった現象,を説明できることを確認する.

 例えば,トレンデレンブルク歩行の原因として,いくつかの仮説が挙げられたとする.機能評価なりを行って仮説を総合し,最も疑わしいものは外転筋力の低下であったと推定する.外転筋力の低下によって骨盤水平位を保持できないこと(@)を説明できる.次に,片脚立位時にトレンデレンブルク徴候が出現しないかを確認する(A).アナロジーと呼ばれるこの作業は,推論にとって欠くことの出来ないものである.これも実証されたら,他に観察された現象,例えば体幹側屈が,外転筋力低下ゆえのものであるかを確認する(B).この時点で,外転筋力低下以外の仮説の助けを借りることになる場合もある.

 検証作業では動作環境を変化させてみるのも得策である.健常人でも立脚期にトレンデレンブルク徴候様の歩行を呈する者が存在するので,指示により正常な歩行に修正できるかを観察する.動作キャパシティーを運動等価性や運動パターンの変化によって評価することも有効である.また,直線歩行だけでなく,横歩きや後ろ歩き,線上歩行,荷物を持たせた歩行などの応用動作を行わせて,検証の助けとすれば良い.

5)制約

 仮説が誤っていることと,推定した原因が全て否定される可能性も少なからずある.仮説が誤っていれば,即座に他の可能性の低かった仮説を検証しなければならない.この繰り返し作業には多少時間が必要とされるが,裏付けを確かめつつ進めていかなければならない.原因は単純でないときが多いし,原因がつかめない場合もある.多分に試行錯誤して検証を試みる態度が重要なのであり,後の研究による所見から新たな定説を構築していくのも要されている.

X.おわりに

 観察による歩行分析は,専門的な観察力や直感によって分析される特徴があるため,経験に委ねる面もある.しかし,経験を積めば誰もが必ず正しく歩行分析を行えるとは考えられない.医学に携わっている者の態度として,分析の信頼性や客観性,一貫性が必要である.かといって,精度の高い機器は臨床にそぐわない.このジレンマを受け入れ,研究報告から得られる知識を頼りに,臨床経験によって養われていく観察力も尊重しつつ,両者を融合させていくことが要されているのである.歩行分析の科学的な考え方を身につけることが重要であると考える.

 本稿は対象を股関節症患者に限定して歩行分析に対する理論を述べているが,何れの疾患においても基本であると考えている.これを如何にして具体例に活用させるかは大きな課題であるが,常に過程を認知しながら歩行分析を進めることが大切であることを強調したい.

文 献

1)中村隆一,他:9.歩行,臨床運動学第3版(中村隆一編),2002,p473-588.

2)Trendelenburg F:Ueber den Gang bei angeborener Huftgelenksluxation.Dtsch Med Wochenschr 21:21-24,1895.

3)Ducroquet R,et al:歩行と跛行(鈴木良平訳),医歯薬出版,1973.

4)対馬栄輝:1ページ講座「理学療法関連用語」−トレンデレンブルク徴候−.PTジャーナル 39(印刷中),2005.

5)加藤 浩,他:障害のなかでの歩行分析.PTジャーナル 34:201-210,2000.

6)Murray MP:Walking patterns of normal men.J Bone Joint Surg. 46-A:335-360,1964.

7)遠藤裕介,他:寛骨臼回転骨切り術前後の三次元動作解析による歩行解析.関節外科 22:31-40,2003.

8)対馬栄輝:変形性股関節症患者における理学療法評価の要点.理学療法研究 21:13-17,2004.

9)田中泰弘,他:変形性股関節症患者の三次元歩行分析.関節外科 11:7-15,1992.

10)Calve J:Pathogenesis of the limp due to coxalgia.J Bone Joint Surg. 21:12-25,1939.

11)吉良秀秋:股関節症害患者の歩行分析.日整会誌 55:735-745,1981.

12)木村 望:先天性股関節脱臼陳旧例の歩行に関する力学的研究.日整会誌 45:307-324,1971.

13)水井一雄:抵抗線型歪計による正常および成人先天性股関節脱臼の歩行に関する研究.中部整災誌 4:88-106,1961.

14)対馬栄輝・他:歩行速度と股外転筋活動量の関係−健常者例での基礎研究−.理学療法学 21:284-288,1994.

15)対馬栄輝:変形性股関節症患者における歩行時立脚期における股関節外転筋活動様式について.理学療法科学 14:73-77,1999.

16)対馬栄輝・他:股関節手術患者における股外転筋活動量と跛行との関係について.理学療法学 20:360-366,1993.

17)対馬栄輝・他:変形性股関節症患者における跛行と歩行時下肢の筋活動時期との関係.理学療法学 23:218-225,1996.

18)加藤 浩,他:変形性股関節症患者における機能予測の試み.理学療法 20:221-235,2003.

          19)加藤 浩,他:歩行解析による股関節中殿筋の質的評価の試み−wavelet変換による動的周波数解析−.理学療法学 26:179-187,1999.

 

もどる

                                                                     

Home  What's new  Profile  Lecture  Publication   Research   Members   Links  Guest book  Diary  Other  Questionnaire